この記事をご覧いただき、ありがとうございます。この記事は病気の原因を調べるための研究分野である「疫学研究」の基礎を知ることを目的に書きました。疫学研究の基礎を知ることで目指すゴールは、疫学論文を読んで理解するための最低限の知識を得ることです。疫学という言葉をはじめて言葉を聞くような方に向けて書いているので、専門家やご自身の研究で必要な情報を探しているという方にとっては物足りないかもしれませんが、ご了承ください。
この記事を書いている私のプロフィールはこちらにのっています。記事の信頼性などの参考にしてください。この記事では、観察研究の中で一番オーソドックスな研究デザインであるコホート研究について紹介をします。
前向きコホート研究の概要
初めにざっくりと前向きコホート研究(Prospective Cohort Study)の概要を紹介したいと思います。コホートという言葉は、ある特定の集団を意味します。つまり、コホート研究というのは、特定の集団を追跡し、病気の発症や健康状態の変化を観察する研究です。
分かりやすいイメージを考えると、ずーっと同じ人たちに対して定期的に健康診断やアンケートを実施していると想像していただければと思います。
研究なので当然、何かを比較することになりますが、ほとんどの場合、ある条件(曝露)に当てはまる人と当てはまらない人に分けて、病気の発生率などを比較するというデザインです。ランダム化比較試験の場合には介入群とコントロール群にランダムに割付けますが、前向きコホート研究では介入をしないので、曝露群とコントロール群(非曝露群)に分けます(ランダム化比較試験については詳しくはこちら)。
前向きコホート研究は研究の規模は様々ですが、大規模な研究も多くあり、その場合にはとっても大変な研究となります。
前向きコホート研究の例
フラミンガム研究
フラミンガム研究はおそらく世界で最も有名なコホート研究になります。米国マサチューセッツ州にある町の名前からとったこの研究は、Framingham Heart Studyと呼ばれることもあり、冠動脈疾患の原因を調査することが目的となっています。
人口約3万人の町の30~62歳の住民約5000人を2年ごとの住民健診で追跡しています。コホート研究では曝露群とコントロール群に分けて解析を行いますが、フラミンガム研究では、喫煙、肥満、高血圧など様々な要因を「曝露」として、たくさんの研究結果を発表してきました。
フラミンガム研究で分かったこととして、下記のような研究がされてきました。
・冠動脈疾患の発症が年齢とともに増加すること。 ・男性でより多く発症すること。 ・男性ではより若年で発症すること。 ・高血圧が発症リスクを高めること。 ・喫煙、飲酒が発症リスクを高めること。 ・運動が予防的に働くこと。 ・肥満が発症リスクを高めること。 ・糖尿病患者で発症リスクが増加すること。 |
この一覧を見ると、当たり前に感じるかもしれませんが、そのような基礎的なエビデンスを積み上げ、発表を続けたのがフラミンガム研究です。そう考えると、いかに私たちにとって「役に立つ」研究であったかが分かると思います。
久山町研究
フラミンガムが米国一であれば、久山町は日本が誇る世界有数の質の高いコホートです。久山町は福岡市に隣接している人口約8000人の町です。そして、久山町研究では1961年以来、久山町に住む40歳以上の全住民を対象に、受診率約80%、部検(病死した参加者の病理解剖)率約75%、追跡率99%以上という驚愕の追跡調査を行っています。
特に追跡率99%以上というのは、大きな特徴としてよく紹介されていますが、これは福岡市に隣接する地の利もあって、住民自体の出入りが少ないことに加えて、コホートスタッフの粘り強い働きによるものだと思います。おそらく日本人の基質なしには、この追跡率はありえないと思います。
スタートは脳卒中の発症に関する研究でしたが、久山町研究で得られた研究成果は、生活習慣病、認知症、メンタルヘルス、がんなど多岐にわたっています。さらに、2002年からはゲノムワイド関連研究(GWAS)なども加わっています。
今でも遺伝子の網羅的解析を行うと1検体10万円以上のイメージがありますので、20年前はとてつもない費用かかったんじゃないかなあと思います。
コホート研究の評価指標
ここではあまり詳しい説明は行いませんが、コホート研究では疾患などの発症がどのくらい異なるかを曝露群とコントロール群で比較する累積発生率比という値を扱うのが最も多いのかなと思います。
累積発生率を計算する際には、病気の発症の人数を時間と人数の延べ数で割ります。分母に人数と時間をかけたものがくるので、人時発生率などとも呼びます。そしてコントロール群と曝露群の差を見るときには累積発生率差、比を見るときには累積発生率比となります。また、発生率のことをリスクと呼ぶこともあり、発生率差、発生率比はそれぞれリスク差、相対リスク(リスク比)となります。
他にも連続変数を用いたり、病気の人の割合(有病率)を用いたり、様々なアウトカムの示し方はありますが、ここでは説明は省略します。アウトカムの言葉は、いろいろな用語がおなじ意味で使われていて、和訳によって言葉が変わったりと、ややこしいのですが、日本疫学会が疫学辞典を無料で公開していて(LINK)、こちらの文言を使うのが、共通言語としては誤解を与えないと思うので参考にされると良いと思います。
コホート研究の種類
コホート研究にはいくつか種類があります。ランダム化比較試験も、コホート研究と呼ぶことはほとんどありませんが、曝露とコントロールを介入によって実施している前向きコホート研究と言えます。
また、既に追跡が終わっていたり、中間結果までを公開しているようなコホートもあり、そういったデータを利用する場合には、時間を前向きに追跡するのではなく、後ろ向きにさかのぼって集めるので後ろ向き(Retrospective)と言います。
ただ、大事なことは、後ろ向き研究とは言っても、本質的には前向きコホート研究とは変わりません。変わるのは、データを集める時間を大幅に省略できるという点です。
コホート研究の強みと課題
コホート研究の魅力はその有用性です。というのも、コホート研究の場合には、実際に社会で起こっている病気などの状況を観察して、その原因や影響を調査しているので、出てくる結果は圧倒的にわたしたちにとって身近なものになります。
その上で、病気の因果関係を示すために、遺伝的な要因、血中のバイオマーカーの測定など、基礎的なデータまで示すことができます。
他の研究だと、例えばランダム化比較試験では、試験目的で現実的にはそんなに摂取することはないと思われる量のサプリメントを毎日飲んでもらうなど、あまり現実世界では行われないような介入をしたりします。これは、効果を評価するには効率がよいですが、現実社会でどれほど役に立つかという点では課題が残ってしまいます。
また、マウスや培養細胞などを使った研究でも、メカニズムや有効性を示す意味では有用ですが、私たちにも当てはまるのかというと、そこは人間で確認をしなければいけません。
一方でコホートの問題点、課題点となるのは、観察研究であるため、さまざまなバイアスが入ってしまうことです。例えば性別、人種、社会経済的要因などの交絡因子であったり、アンケート情報の誤分類、追跡の途中で参加者がいなくなるなど、さまざまなバイアスが問題となります。
こういったバイアスは試験デザインや統計処理によってある程度調整することができますが、それでも想定していないようなバイアスはどうしても残ってしまうものです。