先日、世界的な科学誌CellからBCGワクチンによる、感染症の予防効果に関するダブルブラインド試験が発表され、とても話題となっています。私はそんなにがつがつと論文を読めるわけでもないですし、論文が話題になっていることを知ったのも、ワンテンポ遅かったので、記事にするのが遅くなりましたが、自分の勉強のためにも記事にさせていただきます。
CellはNature、Scienceと並んで有名な科学誌ですが、こういった臨床研究よりは、メカニズムに迫った実験系統の研究が多いので、そこにびっくりした方も多かったと思います。ちなみに山中先生がiPS細胞を発表した雑誌ですね。
私も、Cellで発表されたということにびっくりしすぎて、絶対に読んでおこうと思いました。
この記事のポイント
- BCGワクチンは結核を予防するワクチンなので、同じ肺の感染症のコロナにも効くのではないかと期待されています(仮説レベル)。
- 一方で、イスラエルで行われた、かなりしっかりとした自然実験ではBCGはコロナに対して見事に効果がありませんでした。
- 今回の研究は、コロナ禍以前の研究ですが、BCGワクチンが様々な呼吸器系の感染症発症リスクを下げることが示され、今後COVID-19の予防の1つの選択肢として注目されそうです。
この記事を書いている私は、食品メーカーで研究開発をしていまる会社員です。博士課程の社会人大学院生として、疫学の講座に在籍し、勉強をしています。ブログでは食や健康に関する情報を発信しています。
BCGワクチンってなに?結核ってなに?
初めにBCGワクチンについて紹介をしたいと思います。多くの方が知っていると思いますが、BCGワクチンは結核を予防するワクチンです。厚生労働省の情報(参考1)を見ると、BCGワクチンを接種することで5~8割ほど結核の発症リスクを下げることができるようです。
一見、5~8割と聞くと、予防効果が低いようにも感じますが、ワクチンの接種するというのは、自分の発症のリスクも下げていますが、それは同時に自分が周りに感染させるリスクを下げていることにもつながるので、集団でワクチンを接種することでかなり高い予防効果を出すことができます(集団免疫と言います)。
一度、BCGを摂取すると10~15年間は予防効果が続くようです。ただ、逆にいうと、成人の人はほとんど効果が無いのかもと思いました。
では、BCGが予防している結核とはどんな病気でしょうか?
結核は結核菌という細菌が引き起こす感染症です。主に肺の内部で菌が増殖し、発症することから、咳、痰、発熱、呼吸困難など風邪に近い、呼吸器系の症状を起こします。
結核は主に肺の病気のため、COVID-19対策としてBCGが注目
次に、なぜこれほどまでにBCGが騒がれることになったのかを紹介したいと思います。大きな理由は次の2つです。
- 結核が肺の感染症だから、COVID-19も同じ臓器で発症する感染症ということで期待できそう。
- COVID-19による死亡者の割合が低い国でBCG接種率が高く、死亡者の割合が高い国ではその逆だった。
つまり、論理的にも説明ができるし、COVID-19の死亡者の割合とBCG接種率のエビデンスも出ていたことで、とってもそれらしいと思われたのです(参考2)。
日本を含め一部の国でCOVID-19による死亡率が著しく低い要因をメディアなどではFacter Xと呼んでいたのですが(山中先生が名付けた)、京都大学・山中教授がBCGワクチンの接種率がFacter Xだった可能性もあると発言したことも、注目された大きな理由だと思います。
ただ、上記の研究は生態学研究と言って、BCG接種率とCOVID-19の死亡割合の関係を見ることはできても、ちゃんと原因と結果を説明できるような研究ではないので、私はちょっと疑っていましたし、割とたくさんの方が疑っていたのではないかなぁと思っています。
さらに、イスラエルで行われた自然実験でBCGの効果が無かったという結果により、決定的にトーンダウンしてしまったという印象です(参考3)。
自然実験というのは、介入を行わず、自然な状態で、曝露因子(この試験ならBCGの接種)がランダム化されたような集団を用いた臨床試験で、疫学の教科書に出てくるコレラの原因を突き止めた歴史的な研究が有名です。この記事では、紹介をすっ飛ばしますが、自然実験は、研究者の知恵が詰まっていて、論文的にはとても面白いと思います。
Cellに報告された質の高いRCTでBCGワクチンに期待
そんなわけで、私はそこまでBCGがCOVID-19を予防しているとは思っていなかったのですが、今回のCellの論文(参考4)は非常に端的にまとまっていて、興味深い内容でした。
この研究は欧州で行われた、BCG接種の二重盲検試験です。65歳以上の高齢者にランダムでプラセボかBCGワクチンを接種し、その後の健康状態を約1年間観察し、感染症発症の割合を比較しています。
そして、その結果、BCGを接種している人は感染症が発症するリスクはなんと45%も下がっていたことを明らかにしました(左上の図)。また、感染症の具体的な内容などについて右上の図でまとめていますが、全ての呼吸器系の感染症、全ての感染症、ウィルス由来の呼吸器系感染症の順にBCG接種による予防的な効果が認められたようです。
この研究は最初にも述べましたが、コロナ禍以前の研究になります。ですので、一言もコロナウィルスは出てこないんですが、BCGを摂取した人は結核に限らず、様々な感染症に対して予防的に働く可能性があることが示したのです。しかも、特に呼吸器系の感染症もしくはウィルス由来の呼吸器系感染症に対して効果が高いことが分かりました。
もう一つ言うとすると、結核に対する予防効果ですら、50-80%と言われている中で、45%も予防するというのは、結構な効果かなと思います。最初に、集団免疫についても書きましたが、ほとんどの人がBCGを接種している日本社会においては、45%の予防効果であっても、社会全体に与える影響はかなりの大きいとい言えるはずです。
最後にメカニズムについて少しだけ触れると、BCGを摂取していると、TNF-αなどのサイトカインが軒並み活性化されています。BCGを接種することで一律に免疫が上がっているということかなと思います。コロナ対策に有効かどうかは別として、基本的な免疫力というのがとても大切だということを改めて考えさせられました。
まとめ
最後に、しつこいようですが、この論文はCOVID-19とは全く関係ありません。あくまでもBCGと呼吸器系の感染症の話です。しかし、当初コロナの予防にBCGが関係あるかもしれないと言っていた仮説をより強いものにしたということは間違いありません。
この研究発表によって、今後、より注目されていくと思いますので、続報を楽しみにしたいと思います。
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参考文献
- 結核とBCGワクチンに関するQ&A(厚生労働省ウェブサイト) LINK
- Correlation between universal BCG vaccination policy and reduced morbidity and mortality for COVID-19: an epidemiological study Aaron Miller, Mac Josh Reandelar, Kimberly Fasciglione, Violeta Roumenova, Yan Li, Gonzalo H Otazu LINK ※プレプリントサーバー
- Hamiel U, Kozer E, Youngster I. SARS-CoV-2 Rates in BCG-Vaccinated and Unvaccinated Young Adults. JAMA. 2020;323(22):2340–2341. doi:10.1001/jama.2020.8189 LINK
- ACTIVATE: RANDOMIZED CLINICAL TRIAL OF BCG VACCINATION AGAINST INFECTION IN THE ELDERLY Cell, 2020,S0092-8674(20)31139-9, in print LINK