はじめに
こんにちは。この記事に興味を持ってくださりありがとうございます。2016年の論文で、高脂肪食を食べ続けたマウスは腸内環境が変化し、社会性が欠如するという非常に面白い論文がありました。
正に脳腸相関ということになりますが、以前に腸内細菌がいないマウス(無菌マウス)は危険な行動を繰り返すような学習障害や多動が見られるという記事を書きました(下記の記事です)。
今回紹介する記事では、このような腸内細菌による脳への障害が無菌マウスだけでなく、高脂肪食による腸内環境の変化がマウスの社会性の欠如と関連することが分かりました。
この記事のポイント
- 高脂肪食で育った親マウスの子供は社会性が欠如していた。
- 通常食で育った親マウスの子供と一緒に育てると、腸内環境が改善して、社会性が改善した。
- 社会性欠如と唯一関連があった腸内細菌はロイテリ菌だった。
Pon(ブロガー・企業研究員・大学院生)
食品企業で働きながら、社会人大学院生として博士課程にも在学しています。腸内環境や公衆衛生に興味があります。統計処理が得意な人を尊敬しています。Twitterはこちら。気になった論文の紹介などをしています。気軽にフォローしてください。
高脂肪食マウスの子孫は腸内細菌が変化し、社会性が欠如する
母親マウスだけ食事を変え、子供は同じ食事で育てる
始めにこの研究がどんな研究なのかを紹介したいと思いますが、この研究は腸内細菌の変化が社会性に与える影響を調べることを目的としています。
そのため、いくつか工夫をしているのですが、最も特徴的なことは、母親に高脂肪食または通常食を与えますが、子供のマウスには母親に関わらず通常食を与えています。
そのため、母親同士を比較すると、高脂肪食で育った母マウスと通常食で育った母マウスでは体重や内臓脂肪に大きな差がありますが、子供のマウスでは体重や内臓脂肪に差がありませんでした。
しかし、子供のマウスは親の腸内細菌を引き継ぐため腸内細菌には大きな違いがあります。このようにして腸内細菌以外に違いが無いマウスを準備し、その社会性を調べたというのがこの研究のデザインです。
母親高脂肪食マウスは社会性が欠如し、空室にいる
ここから結果の紹介になりますが、社会性の比較の試験は、始めに上の左図で示した3つの部屋がある箱に試験のマウスを10分間放し、馴れさせます。
その後、一つの部屋に年齢、性別が等しいマウス(マウス1)を1つの部屋に放します。そして、試験マウスが10分間の間にどれだけこのマウスと交流するかを観察しました。
その結果が上の右図になります。グラフの見方はマウスがいた部屋に滞在した時間と空室に滞在した時間をそれぞれY軸に示しています。結果を見ると、母親が通常食で育ったマウスは明らかに、マウスがいた部屋の滞在時間が長いことが分かります。
つまり、母親が高脂肪食で育ったマウスは新しいマウスとの交流を避け、自分しかいない部屋を好んでいたということになります。
この結果から、母親が高脂肪食で育ったマウスの子供が社会性が低かったと言えると思います。
社会新規性も同様に母親が高脂肪食マウスの子供で低い
つぎに、別の部屋に再度異なるマウス(マウス2)を入れ、3つの部屋は、試験マウスの部屋、マウス1の部屋、マウス2の部屋となります。
そして、試験マウスが新しく入ってきたマウス2と10分の間にどれだけ交流したかを、やはり部屋の滞在時間で評価しました。
その結果が上の右図となります。母親が通常食のマウスは新しく入ってきたマウス2に興味を示したようで、接触時間がマウス1の倍くらいでした。つまり積極的に新しいマウスと交流をしました。
その一方、母親が高脂肪食のマウスは、マウス1とマウス2の接触時間に差がありませんでした。これは、新しく入ってきたマウスに対して特段の興味を示さなかったということになります。
高脂肪食による腸内細菌の変化が社会性欠如の要因
この研究の結果、まず明らかになったことは、高脂肪食によって変化した腸内細菌が脳にダメージを与え、社会性の欠如につながったものと考えられました。
この結果をさらに確認するために、いくつかのデータをとっていますが、
- 高脂肪食で育った母マウスも社会性の欠如が見られた。
- 母親が高脂肪食で育ったマウスに通常食で育った母マウスの腸内細菌を移植すると社会性が回復した。
- 無菌マウスに高脂肪食または通常食の母親マウスの腸内細菌を移植して、社会性の違いを確認。
など、しっかりとデータの裏を取っていて、素晴らしい仕事をされています。
ここまでやるのか~と感動しました。
ロイテリ菌が社会性欠如に関連していた
乳酸菌の一つロイテリ菌が高脂肪食マウスの腸内細菌に多い!
ここまでの話でも、十分面白い結果だと思うのですが、この論文では、更に、原因と考えられる腸内細菌を特定しています。
親が通常食のマウスに多く存在し、親が高脂肪食のマウスに少ない腸内細菌を調べ、下記のような細菌で特に差がありました。
親が通常食と高脂肪食のマウスの子マウスの腸内細菌の違い
細菌名 | 親が通常食 子マウス (存在量) | 親が高脂肪食 子マウス (存在量) | 変化率(倍) |
Lactobacillus reuteri | 7.49 | 0.879 | 9.2 倍 |
Parabacteroides distasonis | 0.00709 | 0.00126 | 5.6 倍 |
Helicobacter hepaticus | 7.35 | 2.58 | 2.8 倍 |
Bacteroides uniformis | 5.49 | 2.07 | 2.7 倍 |
Olsenella unclassified | 0.23 | 0.121 | 1.9 倍 |
Collinsella unclassified | 0.0866 | 0.0494 | 1.8 倍 |
Bifidobacterium pseudolongum | 19.4 | 11.3 | 1.7 倍 |
Lactobacillus johnsonii | 24.5 | 17.1 | 1.4 倍 |
ここで最も大きな差のあったLactobacillus reuteriはロイテリ菌と呼ばれる乳酸菌です。確かに、親が通常食の子マウスで9倍以上の存在量だったのは、かなり大きな差ですね。
ロイテリ菌は幸せホルモンと呼ばれることもあるオキシトシンを産生することが分かっていたこともあり、ロイテリ菌が社会性の欠如と関係があるのではないかという仮説のもと、研究を進めていきます。
ロイテリ菌はオキシトシンを産生し社会性を回復させる
最後に紹介するこちらの試験では、通常食または高脂肪食で育てたマウスの子供に飲用水に培地のみ、加熱殺菌処理をしたロイテリ菌、そして生きたロイテリ菌のいずれかを混合して接種をさせました。
そして、その結果が上の図で、見事にこのロイテリ菌が当たりだったのですが、生きたロイテリ菌を摂取したマウスでは社会性(空室 vs マウスとの接触時間の比較)、社会新規性(最初のマウス vs 新しいマウスとの接触時間の比較)が共に回復するという結果になったのです。
また、このメカニズムとして、オキシトシンや脳の報酬系が関わっていることまで確認をしています。
かなりしっかりとした研究で、さすがCellだな!と思いました。
さいごに
ここまで読んで下さりありがとうございました。脳腸相関に興味がある方にとっては非常に興味深い論文だったのではないかな~と思います。
改めて、この記事のポイントをまとめると、
- 高脂肪食で育った親マウスの子供は社会性が欠如していた。
- 通常食で育った親マウスの子供と一緒に育てると、腸内環境が改善して、社会性が改善した。
- 社会性欠如と唯一関連があった腸内細菌はロイテリ菌だった。
と言う結果で、例えば自閉症などのように社会性が欠如する疾患のメカニズム解明にも繋がる可能性がある内容でした。
また、ロイテリ菌はサプリメントやヨーグルトなどから、比較的手軽に摂取することができる腸内細菌でもあり、最終的に重要な腸内細菌として同定されたものがロイテリ菌だった点も社会実装につながりそうでいいなと思いました。
治療や予防効果を期待するには時期尚早かとは思いますが、将来有望な腸内細菌の一つなのかなと思います。それでは。
参考文献
Buffington, S. A., Di Prisco, G. V., Auchtung, T. A., Ajami, N. J., Petrosino, J. F., & Costa-Mattioli, M. (2016). Microbial Reconstitution Reverses Maternal Diet-Induced Social and Synaptic Deficits in Offspring. Cell, 165(7), 1762–1775. https://doi.org/10.1016/j.cell.2016.06.001