健康 腸内環境

帝王切開で産まれた子供に糞便移植をすると腸内細菌が回復する

2021-01-17

初めに

こんにちは。この記事に興味を持ってくださり、ありがとうございます。皆さんは、帝王切開の子供は腸内環境が良くないという話を聞いたことがありますか?

以前にブログの記事で紹介したこともあるのですが(下記の記事参照)、経腟分娩(けいちつぶんべん、普通分娩のこと)の子供は膣を通ることで、膣の粘液に触れ、そこから母親の腸内細菌を受け継ぎます。しかし、帝王切開の子供は膣を通らず、母親の皮膚常在菌に一番最初に触れるため、なんと母親の皮膚常在菌を受け継いでしまうのです

https://ponlab.info/2020/07/16/%e5%b8%9d%e7%8e%8b%e5%88%87%e9%96%8b%e3%81%a7%e7%94%a3%e3%81%be%e3%82%8c%e3%81%9f%e5%ad%90%e4%be%9b%e3%81%af%e6%af%8d%e8%a6%aa%e3%81%ae%e8%85%b8%e5%86%85%e7%b4%b0%e8%8f%8c%e5%8f%a2%e3%81%a8%e7%95%b0/

そして、残念ながら皮膚常在菌が腸内で増加してしまうと、本来増加してほしい腸内細菌が定着せず、あまり良い腸内環境とはなりません。そこで、帝王切開の子供たちの腸内環境を改善する方法が色々と考えられていますが、その中の一つが今回の母親由来の糞便を移植するという一見汚いと思う方法になります。

この記事のポイント

  • 帝王切開で産まれた子供の腸内環境が悪く、疾病などともかかわると言われている。
  • この対策として、母親の腸内細菌を移植する試験を行った(糞便移植)。
  • 糞便移植により、帝王切開で産まれた子供の腸内細菌は回復する。
Pon(食品企業研究員/社会人博士課程2年/ブロガー)
この記事を書いている私は、食品企業で働く会社員です。大学で病気の原因を研究する疫学や公衆衛生を学ぶ社会人大学院生でもあります。腸内細菌の研究は5年以上続けています。よろしければ、Twitterのフォローをお願いいたします(@Pon_yurublog)。詳しいプロフィールはこちら

帝王切開は腸管免疫にかかわる様々な病気と関連がある

皆様は帝王切開と聞いてどのような印象を持ちますか?世界的に見ると帝王切開での出産は増加しているようで、帝王切開については、メリット、デメリットはありますが、状況によっては経腟分娩よりも安全、確実な出産を保証できます。

ちなみに私の子供も2人いますが、帝王切開で産まれました。

帝王切開で産まれると、様々な疾患のリスクが高いことが報告されているようですが、必ずしも一貫した報告があるわけでもないようで、まだ議論すべき点は残りそうですが、一型糖尿病、炎症性腸疾患、関節リウマチ、セリアック病(小麦グルテンに対する食物アレルギー疾患)などの炎症性の免疫疾患のリスクが高くなることが報告されています

これには様々な原因が複雑に関連していると考えられますが、その原因の一つとして腸内細菌のディスバイオーシスも考えられます。

関連記事より引用

上の画像は以前にブログ記事で紹介した図ですが、帝王切開で産まれた新生児の腸内細菌は母親の皮膚常在菌に似ています。一方で経腟分娩の新生児の腸内細菌は母親の膣内常在菌と似ているのです。このように、出産直後に一番最初に触れた腸内細菌がそのまま子供のおなかに定着することが知られていますが、望ましい腸内細菌叢(そう)は、経腟分娩の方になります。

腸管には免疫細胞が集中していることもあり、このような腸内細菌の違いが免疫関連の疾患に影響を及ぼしているという仮説は妥当であり、その対処方法の一つとして、母親の膣由来の細菌を新生児に与えるということは以前から検討されておりましたが、実際に研究として実施したのは、私は初めて見ました。

では具体的にどんな変化があったのか見てみましょう。

糞便移植で帝王切開の子供の腸内環境が変化する

参考文献1から改変引用

糞便移植ってどんなふうに行ったの?

それでは、ここから論文の中身の紹介をしたいと思いますが、今回の研究は糞便移植と言って、かなり衝撃的な内容でしたので、上の図の左側にどのようにして糞便移植を行ったのかをまとめました。

大人が糞便移植を行う場合には、腸内細菌を抗生物質などで殺菌してから、生理食塩水で薄め、ろ過を行った糞便を、カテーテルなどを使って直接お腹に移植をするという方法が一般的です。

新生児の場合にはまだ腸内細菌自体が形成されていないので、抗生物質による殺菌などはしていませんが、この試験では薄めた便を一番最初のミルクに混ぜて飲ませています。また、事前にかなり厳しいチェックを行い、母親の腸内細菌のパターンが理想的なドナーに絞ってこの試験は実施しています。

正直なところ、保護者の同意を得ているとは言え、意思表示ができない新生児に対して、ここまでの介入を行うことが、研究倫理的にゆるされるのだろうか?と言うことは感じますが、試験としてはとても興味深いなと思います。

では、次にこの結果を見てみましょう。

糞便移植で腸内環境は改善がみられている!

この試験の結果は、上の図の右側にまとめました。パッと見で分かる通り、糞便移植によって経腟分娩の腸内細菌のパターンに大分似た結果になっていることが分かります。

また、帝王切開の子供は従来の報告と同様、腸内細菌のパターンが大きく異なるだけでなく、細菌の種類も様々な病原菌が多かったりと、あまり良くない腸内細菌のパターンでした

一方で腸内細菌の重要な指標として多様性指数がありますが、多様性指数には大きな違いは見られませんでした。これは、子供の腸内細菌が離乳食を与えた後に急激に多様性指数が上がるため、この試験で追跡を行った12週までの間では違いが観察されなかったと考えられます(下記の記事を参照)。

そういう意味では、この試験では12週までしか報告がないので、この後にどのような変化があるのかについても追加の報告があればいいなあと思いました。

https://ponlab.info/2020/07/14/%e9%9b%a2%e4%b9%b3%e6%9c%9f%e3%81%be%e3%81%a7%e3%81%ae%e7%bf%92%e6%85%a3%e3%81%8c%e8%85%b8%e5%86%85%e7%b4%b0%e8%8f%8c%e3%82%92%e6%b1%ba%e3%82%81%e3%82%8b%ef%bd%9e%e8%85%b8%e5%86%85%e7%b4%b0%e8%8f%8c/

もしも自分の子供だったらやりますか?

今回の試験を見ると、なかなか厳しい介入を行っていることが分かると思います。また、今回の試験結果が必ずしも最適解と言えるかは分かりません。その理由としては、

・そもそも妊娠後期の母親の腸内細菌が妊娠の影響で乱れていることが多い
・新生児は母親の腸内細菌を受け継ぐが、すべてが定着するわけではない
・まだ研究自体が少なく、安全性の評価も難しい

などです。でも、その一方で自分の子供が帝王切開で産まれることが分かっていて、しかも両親ともにアレルギー体質だったりすると、子供のアレルギーリスクは少しでも下げてあげたいと言う気持ちもあると思います。

私のブログでこれまでに何回も引用させていただいている書籍(腸科学)の著者、ソネンバーグ夫妻(スタンフォード大)は、帝王切開の子供の腸内環境のケアはすべきという立場を取っていますが、果たして自分ができるかな~?そして、自分がやった方が良いと思っても、妻が許すかな~と考えたら、なかなか厳しいだろうなとは思いました。

まとめ

ここまで読んで下さりありがとうございました。いかがでしたか?興味深い内容だったのではないかと思います。この試験を見る限りでは、帝王切開の場合には新生児の糞便移植は効果的なんだろうなと言うことがある程度明確になったのではないかと思います。

ですが、この試験では一つ大きな問題があり、実はこの研究はまだプレテストです。介入は希望者のみに行い、比較対照としている帝王切開の対象者はランダム割り付けされていません。また、試験の人数も1群7名と少ないということもありますので、今後、ランダム化比較試験を行ったり、症例数を増やす、そして多様性指数に差が出始める時期くらいまでの長期的な追跡など、課題はまだまだ多いのかなと思います。

わたしの中では、帝王切開でも、経腟分娩でもこれを飲んでおけばOKというプロバイオティクスが含まれたミルクなどを乳業メーカーが開発してくれたらとてもいいんだけどな~というのが最終的に思ったことでした。

最後まで読んで下さりありがとうございます。それでは。

参考文献

  1. Korpela K, Helve O, Kolho KL et al. Maternal Fecal Microbiota Transplantation in Cesarean-Born Infants Rapidly Restores Normal Gut Microbial Development: A Proof-of-Concept Study. Cell, 2020, 183(2):324-334.e5. LINK
  2. Maria G. Dominguez-Bello, Elizabeth K. Costello et al. Delivery mode shapes the acquisition and structure of the initial microbiota across multiple body habitats in newborns. PNAS, 2010, 107 (26) 11971-11975 LINK

  • この記事を書いた人

Pon

食品会社勤務の元企業研究員(PhD)。食の機能性研究、腸内細菌の研究をメインにしていました。興味関心は公衆衛生、疫学、食品の機能性。好きな食べ物はカレーと杏仁豆腐。コテンラジオ、キングダムが好きです。統計の専門家に憧れます。興味のある研究について、Xやブログで発信しています。

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